山形県米沢市の高校・大学受験塾「伝説の松本学習塾」のブログ

山形県米沢市の高校・大学受験塾「伝説の松本学習塾」の塾長が記すブログです。勉強方法やその他のことなど、独断と偏見ではありますが役に立つ情報をつづっていきます。

親が難しい資格を持っていたり経営者だったりすると 子供のモチベーションや自発性が高くて結果的にめちゃ伸びる話

また、伝説の松本学習塾です。

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今回は、「家庭内の空気の重要性」について語ります。

 

当塾には、様々な環境の塾生が在籍していますが、
私個人の観測する範囲では、
「経営者の家庭、プロフェッショナルの家庭、あるいはちょっとお金に困っている家庭
 の子供のほうが勉強に対して自発的で馬力があって伸びやすいなあ」
という印象があります。

 

これは、能力の遺伝が関係しているという側面もありますが、
それ以上に「親が第一線でリスクを背負ってひりついているか」
的な「ひりつき」の空気の有無が大きいと思っています。
重要なのは「ひりつき」です。
そういった空気が家庭内に流れていることです。

 

あるいは、親の職業や地位以外の要因としては、
「うちって貧しいんだなあ」
「あー、親、失業しちゃったんだなあ」
などのひりつきも子供の自主性の増強に一役買っていると思います。
危険な匂いとも言えます。
「子供が大人にならざるを得ない状況」とも言い換えられます。

主体性とはつまりは「子供でないこと」「大人であること」を意味します。

子供が子供扱いされているうちは主体性は永遠に宿りません。

 

「ああ、自分の家の暮らしってひょっとしたらすぐ壊れそうなものなのかも」
という緊張感だけが子供を大人にするのではないかと思います。
それは、実際に貧しい環境でなくとも、
冒頭で述べたような「職業における第一線感」「経営者としての責任や重圧」が
醸し出す空気が伝わっていれば、子供にも鋼が入るというか、
鉄に火が通る部分があるのではないかと思います。

高いポジションの仕事であるほどに、同時に高いリスクを伴うからです。

その緊張感は意識せずとも子供に伝わるものです。
これは、仕事でなくても代替できる部分があります。
「親が何らかの趣味に燃えている」でもいいと思います。
ただし、燃えていること、強い執着が感じられることが必要でしょう。
それについて熱っぽく子供に話しかけてみるのでもいいと思います。
「単純に好きなものを色々買い集めてます」
程度の熱量だとあまり影響がないように思いますが、
「自分なりにカスタマイズしまくっている」
「自力で作っている」
といったレベルの熱量であれば、
「いい空気」を醸し出すことに役立ちうるかと思います。

 

私個人の生育環境を例に挙げると、
母子家庭でしたし、借家暮らしが長かったので
「うちはよそと違って貧しいんだな」
「金なんかないんだから自分でなんとかしなきゃいかんのだな」
という感覚は常にありました。
その勢いが余り過ぎて何でもかんでも独学して習得する癖が
ついてしまったように思います。
「何もかも自分でなんとかしなきゃ、自分が死ぬ確率が高まる」
この感覚は人並み以上に強い自覚があります。
生育環境としてはある意味理想的だったかもしれません。
自主性しかない人間が出来上がったからです。
(自主性があり過ぎるのも、社会生活においては支障をきたすのですが…)

 

ともかく、家庭の中に何らかの「本物の危機の匂い」が漂っていない限り、
いくら口頭で「ちゃんと勉強しなさいよ」と言ってみたところで
子供からすれば「またなんかうるさいこと言ってるな」程度にしか受け止められないと思います。
親の言葉を子供にうまく伝えるためにも、
言葉以前にまず「本物の危機の匂い」「ひりつき」が下地として存在している必要があると考えます。
子供に投げかける言葉なんて、よほど上手な家庭を除いて、家庭ごとに大した差はないと思います。
ならばどこで差がついているのか、違いが生まれているのかと言えば、
それはやはり「空気」ではないでしょうか。
親が日々の暮らしや仕事から醸し出す空気、匂い、慣習。
これらの見えない下地の温度が高い状態でのみ、
初めて親の言葉が子供に、親の気持ちと共に伝わるのではないでしょうか。

親子間の空気に濃厚なものが漂っていれば、親が投げたふとした言葉に子供はすっと納得するのではないでしょうか。

関係値の高さや普段の空気を伴わない言葉はただの音に過ぎません。

 

「親が、いい意味でも悪い意味でも燃えるような生き方をしていないのに
 子供にそれを求めるのは無理なことではないのか。
 自主性とはつまり何かに燃えている状態を指すのだから。

 子供ではなく大人である状態を指すのだから。」
という話でした。

 

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英語カルテpart1「英単語を覚える時に書いて覚えたほうがいいですか?」

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今回は、英語カルテです。
英語学習における一番の基礎である英単語の暗記の際の注意点です。

当塾では、塾生からLINEで随時質問を受け付けており、以下のような質問がありました。

英単語暗記の入門 書かない

塾生からの質問

塾生の質問内容には
「ノートに書いて勉強している」とあります。

 

これ、やめてください。

 

「英単語を書いて覚える」は一定程度の効果はあるのですが、
手間がかかり過ぎます。
なおかつ、手が疲れます。
時間と体力を節約するために、「書いて覚える」はやめましょう。
「目で見て覚える」方式にすると、「書いて覚える」方式の
2~3倍くらいの量を同じ時間でこなせる形になります。
めちゃくちゃ早いです。

「そんなこと言っても、書かないとスペルが覚えられないんじゃないの」
という声もありそうですが、大丈夫です。
意外と目で見て覚えるだけでもスペルは覚えられます。
「書いて覚える」方式を用いるのは、
「1000語以上英単語を覚えた段階で、
 英訳・英作文問題でスペルミスによる失点が多すぎる」
状況になってからでいいと思います。

英単語は、書いて覚えるのではなく、
「目で何回も見て覚える」方式に切り替えましょう。
以下の動画にて、単語の暗記法の初歩について語っていますのでご覧頂ければ幸いです。
「書かないで覚える」以外にも、
「一語一義で1000語」
「2,3秒以内に答えられないならアウト」
などの重要なポイントも併せて語っています。

youtu.be

 

症状:英単語を書いて覚えてるのですが時間がかかりすぎます。
処方:書かないで目で見て覚えましょう。時間と体力を節約してください。

 

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数学カルテ一覧

数学カルテ一覧

・数学カルテpart1:高校数学「空間ベクトルの3次元的なイメージが把握しづらいのですが」

・数学カルテpart2 :中学数学「三角形の角度問題がわかりません」

・数学カルテpart3 :高校数学「空間ベクトルにおける法線ベクトルは原点Oを起点にして計算したほうがいいですか」

・数学カルテpart4:高校数学「順列・組み合わせ問題でヒトとモノの区別がよくわかりません」

数学カルテpart3:高校数学「空間ベクトルにおける法線ベクトルは原点Oを起点にして計算したほうがいいですか」

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今回は、数学カルテです。
単元は空間ベクトルです。
それでは診断と処方を記していきます。

当塾では、塾生からLINEで随時質問を受け付けており、以下のような質問がありました。

空間ベクトルにおける法線ベクトルの計算

空間ベクトルにおける法線ベクトルの計算

空間ベクトル 法線ベクトル

鮮明画像


塾生からの質問内容は以下の通りです。
「空間ベクトルにおける法線ベクトルは、どうして原点を起点とした記号で考えるのか?原点以外を起点とした場合の法線ベクトルは考えないのか」
です。

 

回答としては


「別にどこを起点にして考えてもいいが、原点Oで考えたほうが計算が早いし
 記号表示的にも把握しやすくて楽」


です。

以下、詳しく触れていきます。

 

x,y,zの各成分の計算ですが、これはやはり原点(0,0,0)を関わらせたほうが
圧倒的に楽です。
画像内の問題を例に説明していきます。
点O(0,0,0)、点A(0,-2,1)からなるベクトルOAを考えます。
ベクトルOAの成分計算は次のようになります。
(0-0,-2-0,1-0)→(0,-2,1)です。
これは至極当たり前の結果ですが、
全ての成分が0である座標を起点に考えたほうが、
計算が圧倒的に楽です。

 

また、原点O以外の点を起点に考えなくてもいいのかという疑問については、


「考えなくてよい。なぜなら、どこを起点にしても同じ結果になるから」


という回答になります。
画像内右上に映っている3D作図を用いて説明します。
この作図において、該当ページの問題である法線ベクトルの成分計算を、
仮に点Aを起点にして実行すると、
ベクトルAB、AOを用いて計算する形になります。
詳しい計算は割愛しますが、
AB=(1,5,-1),AO=(0,2,-1)
n=(a,b,c)とおくと、
直交の関係性を利用して、
n・AB=(1xa,5xb,-1xc)=0
から、a+5b-c=0  →a=c-5b…①

n・AO=(0xa,2xb,cx-1)=0
から、2b-c=0   →c=2b…②

②を①に代入すると
a=2b-5b → a=-3b…③
になります。
そしてこれら②、③をn=(a,b,c)に代入すると、
n=(-3b,b,2b)となり、画像内に印字されている解説の
「点Oを起点とした場合の計算」と同じ結果になります。
(赤いマーカーで少し隠れて見えにくくなっていますが)

 

このように、

「点Oを起点にしても他の点を起点にしても、計算結果は同じ」

になりますので、

「それならば、記号表示も楽で把握しやすく、
 成分計算も楽な点O(原点)を起点にした解法のほうが合理的である」

という結論になります。

 

まとめです。
症状:法線ベクトルの計算で、起点とする点をどう選べばいいのか。
処方:記号表記上の楽さと、成分計算の楽さの観点から考えて
   原点O(0,0,0)を起点にしたほうがよい場合が多い


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勉強に主体的になれない子供に必要な「二つの具体性」~学ぶか働くかはっきりしろ~

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確たる根拠も科学的なエヴィデンスもありませんが、教育においてある程度妥当な真理だと思われることを記します。
なお、危なめの発言が多いので全く参考にならない部分も多いかと思います。
了承された上でご一読頂ければ幸いです。

今回のテーマは2つあります。
「進路・進学などの抽象的なことよりもまず学力を上げる情報を集めて模試の結果を出せ」
「学ぶ気がないのなら高校を出てすぐ働け」
です。
なお、今回の記事内容で対象とするのは高校生以上の学生です。
主体性の乏しい子供がいる家庭に「欠けている2つの具体性」に触れていきたいと思います。

 

まず、一つ目の具体性について語ります。
それは「夢とか希望とか志望の前に学力を現実的に上げろ」です。
子供に対して勉強の動機付けがあまりうまくいっていないご家庭の特徴として、

 

「知的腕力のつけ方などの生々しい具体策を考えないで、進路のことばかり考えているなあ」

 

という印象があります。
「数年後の進路・就職」や「何を学びたいか」のような恰好のつき過ぎたことを
考えるよりも、現実的には受験腕力を鍛えないと仕方がありません。
「まず志望校に受かるための実力を鍛えないことには全ての話が無意味」
だからです。
これが「一つ目の具体性(学力を具体的に鍛えろ」です。
話はあくまで具体的に進める必要があります。
「具体的に」とは「模試の結果をいかに上げるか」です。
それを抜きにしていくら夢や志望を語ったり、説得してみても
実際に必要な力が備わっていないのでは何の意味もありません。
やることはただ一つ、ネット上で受験勉強の要領や情報について収集して、
模試の結果を上げる訓練を正しく積むことに注力してください。
情報はそこら中にごろごろ転がっています。
「見つかりませんでした」
「知りませんでした」
は最早言い訳にならない時代です。

 

「力を伴っていない夢」はただの画に描いた餅です。

 

「子供に意識を高く持たせようと思って」
「子供に主体性ややる気を持ってほしくて」

 

こういった気持ちはよくわかりますが、
繰り返しになりますが、それよりも重視すべきは実際の学力です。
願望を達成するための手段である学力を第一に重視しなければなりません。

 


そしてもう一つ見落とされがちな具体性があります。
こちらのほうが学力云々よりも重要な内容になります。
それは「生々しい煽りを含んだ選択肢」です。
具体的には

「勉強する気がないのなら高校を出たら家を出て働け」

のようなフレーズです。
以下、これについて触れていきます。

進路や進学、将来のことを一生懸命考えてはいるんだけど、
子供にうまく親の気持ちや思惑が伝わっていないご家庭では
ほとんどの場合、こういったフレーズが吐かれないケースが多いようです。
(平成・令和などの平和な時代の家庭であればどこでもそうなのかもしれませんが)
端的に表現すると

 

「地頭はそこそこいいのに勉強に対して主体性がない子供」

 

は、危機感がないのです。
では、その危機感のなさはどこから来るのか。
家庭です。


「どうせ帰る家がある。食わせてもらえる」


と思っている子供に、主体性や自律性が宿るはずがありません。

 

「お前、学ぶか家を出て働くかはっきりしろ。主体的に学ぶのならその間は家に置いておいてやる」

 

これくらいの煽り、脅迫がなければ、
元々主体性の低い子供に自発的な行動を期待するのはほぼ無理でしょう。
そしてこうも言い換えられます。

 

「本当に育て、鍛えようと思うのなら、子供を想う一方で
 ある条件下においては子供を家から追放し、捨てる覚悟も持たなければいけない」

 

こういったことは常識やコンプライアンス、優し気な時代の空気とは逆行するものだとは思いますが、
しかし一面の真理であると私は考えています。
ある種、危ない考えでもあるので、
「何言っとんじゃこいつ。昭和か。話にならんわ」
と思われる方も多いかと思いますが、そういった方は読者ではないという前提で
変わらずに筆を進めたいと思います。
読者でない方はお疲れ様でした。
私は昭和です。

 


話を戻して要約してみますと、

 

「将来のために頑張れ、今のうちに頑張れ、と尻を叩くけど
 子供にほぼ全く主体性が宿らない家庭においては、
 一応厳しめの教育の空気が家の中に流れているが、最後の最後、決定的なところで
 『学ばないのなら家を出ていけ』という追放の選択肢を匂わせる空気が、ほぼない。
 表面的には厳しいが、本当の意味での厳しさを選びきれていない」

 

ということになります。
こういった家庭の思考の本質を表現しますと、以下のようになります。

 

「うまいこと説得や叱責を通じて進学のことに一生懸命考えてくれるようだといいなー。学歴の低い方向に走らないで欲しいから、そういう選択肢自体考えないで欲しいなー」

 

です。
少し悪い言い方をしていますが、おおむねこのようなものだと思います。
しかし、そんな親の思惑通りに綺麗に子供が動いてくれる確率は高くありません。
ここで重要なのは、親が「ポジティブな話だけを用いてポジティブな結果だけを期待している」点です。

 

「学ばないのならお前は進学なんかしないで家を出て働け」

 

こういったフレーズを吐けないのは、

 

「もし本当にそうなったらどうしよう。そうなったら困る」

 

と思っているからです。当たり前のことですが。
「働け」系の煽りがどの程度功を奏して、危機感に火がついて主体性が宿るかは
子供や状況にもよりますが、しかし「将来困るよ」「お前のためだよ」的なフレーズよりは遥かに現実的で、遥かに生々しく、遥かに子供の危機感を触発する言葉だと思います。
私は責任を取り切れない部分がありますが、
実際に「学ぶのは嫌だから働こう」と実際に高卒で働くことになったのなら、
それはそれでいいのではないでしょうか。
「学ぶのがどうしても嫌で嫌でしょうがない」という子供に、
無理に親の願望を押し付けたところで、中学や高校までは子供がそれを我慢できても、
大学レベルまでそれが通用するとは思えません。
適性を無視した願望の押し付けは、例えそれが正論だったとしても、どこかで破綻するものだと思います。
(とは言っても、全ての押し付けを否定するつもりはありません。
 教育とは詰まるところ全て押し付けだからです)

 

話が脱線しましたが、ともかく、重要なのは

 

「親の思惑通りの綺麗な選択肢だけを提示しても効果は薄いので、
 ある種親にとってもリスキーな『働け』系の、対となる危険な選択肢も混ぜないと、
 意味がない」

 

ということです。
繰り返しになりますが、「主体性がない」ということは、
「どうせ自分は大丈夫。帰る家がある」という潜在意識があるからです。
「自分が動かなくても他人が動いて自分を支えてくれる、供給してくれる」
と思っているからこそ自発的に動かないのです。
そこを「働け。食い扶持は自分で稼げ。供給しない」という可能性を提示することによって「自分のメシや金は自分で調達しなければならない」
と、初めて主体性が宿るわけです。
危なっかしい話にはなりますが、やはり子供をある方向に強く厳しく育てるためには、
子供を大事に思いながらもどこかで

 

「甘ったれたことを言っていたら、いざとなれば捨てる」

 

これくらいのリスクは親も背負う必要があるということです。
ある種、

 

「捨てる選択肢を考えないで、うまいこといい感じの子供、親に都合のいい子供に育てる」

 

のは虫がよすぎると言えます。
そういった「こういう条件下ではお前をこの家から放逐するぞ」といったフレーズを
子供に対して、態度なり言葉なりで提示できるか否かで親の度量が分かれる気がします。
甘く、自分の手元に置いておきながらうまいこと育てたいという気持ちも
わからないではないですが、おそらくその甘さに伴ったレベルまでしか
子供の主体性や伸びしろは具現化されないかと思います。
非常に嫌な言い方ですが。

 

また、自分が子供の頃を振り返ってみればわかることが多くあります。
読者の方々は、親の思惑通りにキレイに育った記憶があるでしょうか。
昔の自分が、親に「将来のために勉強しておけ」と言われて
素直にそれを全て実行したのでしょうか。
(一部そういう方もいらっしゃるかとは思いますが、今回は例外とさせて頂きます)
おそらく、実行しなかった、親の言うことなど聞かなかった人のほうが
多いかと思われます。
このことからも、子供に対して「将来困るよ」「お前のためだよ」なんて抽象的なことだけを言ってもおそらくほぼ無効であることがお分かり頂けるかと思います。
もし仮にそのフレーズが有効なものであるならば、古今東西の全ての子供たちが
今頃立派過ぎるほど立派に育っているのではないでしょうか。
社会の人員の大半がそれほど立派には頑張れていないところから察するに、
そのフレーズは教育においてほぼ死語なのではないでしょうか。
綺麗なフレーズを用いて、主体性のない子供に「やる気」を期待しても望み薄です。
それよりは「危機感」を煽ったほうがよほど現実的です。
(本記事における方法論は、高校生以上の子供に対してのものです。
 中学生に対して実行すると、場合によっては行き過ぎたスパルタになりますし、
 そのくらいの年齢だと働くということが体感的に理解できない可能性があるので
 効果は薄いように思われます)

 

「将来のために頑張れ」や「自分のために努力しなさい」などの
ポジティブな方向のモチベーションの煽りは、今現在既に自発性の高い子にしか響きませんし、そういう子はわざわざこちらから話を持って行かなくても、既になんとなく理解しています。
このことから考えてみても、やはりいい意味でも悪い意味でも
「将来のためだよ」は死んでいる言葉であると言えます。
主体性のある子どもは既にそれを知っているのでわざわざ言う必要もなく、
主体性のない子どもには何のことやらピンと来ないからです。
「将来のため」は、言いたくなる気持ちはわかりますが、
何も言っていないのと同じ結果になりますので、子供に対して多用するのは
避けられたほうがいいかと思います。


本記事で言いたいことは
「ポジティブなトークも大事だけど、それ以上に谷底に叩き落とすトークも混ぜたほうがいい」
です。
家から放逐するような部分もリアルに含めて語らないと
「どうせ帰る家がある」くらいに思って危機感が触発されません。
極論に聞こえるとは思いますが、
主体性の薄い子どもに対してやる気を期待しても望み薄で、
そういった子供を動かすには「やる気」などという綺麗なフレーズではなく
「危機感」という生々しい言葉遣いだけであると考えます。

 

「働くのが嫌いなら勉強しろ」
「働くか学ぶかどっちかにしろ」

 

子供のことを思ってか、
ネガティブなルートを切り出せないご家庭が多い印象です。
私個人の経験談を引用すると、私は親から「学ぶか働くかはっきりしろ」と明確に言われていました。
私の親は、学歴があるわけでもなく、教育に対して知見は特になく、しかも母子家庭で、どちらかと言うと世の中の平均水準よりも低いレベルの教育環境だったと思いますが、この「家を出て働け」に関しては唯一正しかったと思います。

 

「お前に帰る家なんかないんだよ」
あるいは
「この家はすぐにでも滅びる可能性があるんだよ」

 

こういった言葉が子供に届いている状況下において、子供の体内に最も高いレベルの主体性が宿ります。
危ない話に聞こえるかもしれませんが、これは古今東西に通用する方法論だと思います。
これは子供に限らない理屈だからです。
「死ぬ(困る)可能性が高いから、それを避けるために脳を総動員する」
これは大人にも当てはまる心理だと思います。
それを子供にも適用するだけのことです。

 

改めて表現しますと、主体性に乏しい子供の論理構造はおおむね、

 

「なぜ自分で将来のことを考えないか、今頑張らないのか。
 それは考えなくても困らないから、頑張らなくても困らないから。
 考えなくても頑張らなくても困らないのはなぜか、何の問題もなく

 食べられているから、そういう故郷や家があるから、

 それらがすぐには無くならないと考えているから」

 

というものです。

 

「子供に対してそこまで言うのはちょっとやり過ぎじゃないか」

 

と思われることもあるかもしれませんが、高校生以上の子供は年齢的にも肉体的にもほぼ大人ですので、生々しい話しか家庭内で議論する価値はありません。
子供扱いする理由がもうないのです。

 

生々しく体で感じる危機感、それが自律性・主体性の正体です。
主体性とは主に危機感から発生します。
やる気があるというのは知的好奇心や馬力のことも指しますが、
そういったポジティブな動機は、一部の限られた人間がたまたま持っているだけのことであって、世の中で言う「やる気スイッチ」なんていう便利なものが全員に搭載されているわけではありません。
確実に全員に搭載されているのは「危機感スイッチ」だけです。

 

ある種、やる気や主体性を期待するということは
子供に「大人になれ」と言っているのと同じことです。
うまいこと勉強に関してのみ大人と同じ価値観になってほしい
というのは、ちょっと非現実的です。
主体性を持たせたいのなら、子供を大人にするしかありません。
それには、大人とある程度同じ扱いをするしかありません。

「学ぶか働くかはっきりしろ」

これが子供を大人扱いする第一歩です。
キーワードは、「大人」です。
逆説的ですが、進学や勉強のことだけをトークしていると、自主性の低い子供に対しては何の意味もなく、むしろ非進学的、非勉強的になると思います。
進学や勉強のことを真剣に自分のことと思わせたかったら、
親がこうだったらいいなという願望だけで話すのではなく、
生々しい現実を話すべきだと思います。

 

まとめです。
子供の進路進学に関する二つの具体性について語ってみました。
主体性の乏しい子は、ざっくり表現すれば「甘ったれ」です。
躾が厳しい家の子でも往々にしてありえることですが、
しかし最後の最後「家から追い出す、働かす」という選択肢は、
厳しめのご家庭でも意外と取れなかったりします。
「どうせ食べさせてもらえる」
こういった安心感がある限り主体的に「どうしたらいいんだろな」と考えることはないと思います。
ちょっと危なめの内容でしたが、おそらく本当のことです。
長文お疲れ様でした。

 

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子供に自発的な読書習慣をつけさせるための2要素「慣習化」「議論」~当たり前と恥の感覚~

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今回は、教育における読書論について語ります。
「子供に自発的に本を読ませるにはどうしたらいいか」がテーマです。
当たり前のことしか言及していないかもしれませんが、
意外とその当たり前を実行するのが大変だったりしますので、
ご一読頂ければ幸いです。

 

結論から言いますと
「理屈で子供を説得し、納得させるのは不可能」
です。
読書習慣はこれの最たるものだと思います。
これは読書に限らず、普段の勉強、受験勉強、その他の将来に備えた訓練においても同様です。
「将来のためだからやりなさい」
と説明してそのまま軌道に乗り続ける子供が果たしてどれだけいるでしょうか。


「読書という行為の何が重要で、何が面白いのかさっぱりわからないから
 習慣にならない」


これが大半の子供の実態ではないかと思います。
読書に代表される、ある程度の知的好奇心や知的忍耐力を要する
「あまり派手さのない地味なコンテンツ」
と形容できる文化的な匂いを伴う習慣は、
子供にはなおさらハードルが高いです。
よほど先天的に知的好奇心が強いか、そもそもの知的能力や自発性が高い子供なら
何の問題もなく読書が習慣として染みつくとは思いますが、大半の子供にとっては


「地味でつまらない」


のが読書への印象でしょう。
ではどうするか。

理屈で説き伏せても難しい行為を子供に実行させるにはどうしたらよいか。
当たり前のことですが、親が先導するしかありません。
親が習慣として持っていない行為を、子供に習慣として体得させることはかなり確率が低いです。

 

ここで、私なりの教育理論について一旦触れます。
私は、教育というのは突き詰めると「慣習」「議論」「訓練」の3要素に行き着くと考えています。
慣習、つまり家庭内で「いつも当たり前に行われていること、空気」が最も強力な要素だと考えています。

理屈で伝わらない部分は、慣習で伝えるしかないと考えます。
この観点から言えば「いつも当たり前に読書が行われていない家庭」では
子供が本を読まない、興味を持たないのは至極当然のことではないでしょうか。
具体的には、少なくとも親が1ヶ月に3冊以上は本を読んでいないと
「当たり前」の空気ができづらいのではないでしょうか。
もちろん、家庭ごとに固有の忙しさはあるかと思いますので、
それとの折り合いをつけながらの読書はなかなかに大変かとは思いますので、
無理のない範囲で実施するのが一番だと思います。
私の見知った範囲では、元々読書が好きな保護者の方が、
台所で料理を作る際の待ち時間を使って読書をこなすという例がありました。
家事や仕事の忙しさの中で読書をやろうと思えば、
そういった隙間時間を利用するしかないのかもしれません。
また、そういった「ちょっとした待ち時間や隙間時間にいつも親がやる行為」
のほうが、意外と子供の視界に入るもののようです。


嫌な言い方になりますが、
「親が慣習として持っていないことを子供が持つのはほぼ不可能」
(例外はあるかとは思いますが)
と考えたほうが、教育上の
「なんでうまくいかないんだろう」
というストレスは減るかと思います。

「親がやらないから子供もやらない」

というシンプルな論理構造です。
これは読書に限らず、勉強やその他の修行・訓練についても同じことです。
「親がいつもやっていること」
しか子供は模倣しません。
(これもまた例外はあるのですが、基本的には子供は親と同じ習性しか持ちえません)

 

では、
「うちは親が読書習慣を持っていて、知的好奇心も旺盛なのに、
 子供がそうならないのはどうしてなんだ」
という声もあるかと思います。
それについてキーワードになるのは「議論の有無」かと思います。
「最近こんな本を読んでこう思った、気づいた、それについてお前はどう思う?」
こういった親子間の会話、固い言い方をすれば「議論」もセットで
慣習になっていると、子供自身の読書への意識があまり高くなくとも、
「なんか読まざるを得ないのかな」的な空気が多少は発生してきます。
ある種「親へのお愛想」として本についてのあれこれを、
「読んだふり」だとしても語る機会が増えるかと思います。
そういった擬態というか、フリでもいいのです。
最初はその程度のことだと思います。
そして自発的な読書習慣にはすぐにつながらないことも多いかと思います。
しかし、やはり「一度通っておく」ということが重要です。
「そう言えば今振り返ってみれば昔そういう空気が家の中にあったな」
と数年後かそれ以上経った後に、ふと思い立つ瞬間が訪れることもあります。
その時に「昔一度そういう空気を通っていた」のとそうでないのとでは
雲泥の差があります。
ともかく、「議論の慣習」がないと、家族間での共有がなされません。

議論がない領域においては「家族が自分の趣味で勝手にやっていること」どまりになります。

それゆえに慣習も伝播しません。


「家庭内の空気」の正体とは、「いつもどのような会話がなされているか」です。
会話や議論を通してしか、家族間、特に親子間でのスキルや価値観、慣習の共有は達成されないと言っても過言ではないかと思います。
突き詰めてしまうと「議論されていない内容は何一つ共有されていない」とも言えるかもしれません。
「親の背中を見て子供は育つ」は一面の真理であると私は考えますが、
しかしそういった無言のコミュニケーションにもやはり限界はあり、
言語で明確にやり取りをすることもまた重要な教育であると考えます。
非言語的教育と言語的教育とのいずれもバランスよく行われている状態が最も有効ではないでしょうか。


またつけ加えれば「多少の脅迫」も意外と重要です。
「お前、この程度の本は読んでおかないと格好悪いよ。モノ知らないね」
などの物言い、軽い脅迫、煽りも重要です。
ありていに言ってしまえば、知的慣習が豊かな家庭にはこういった空気が
当たり前のように漂っています。
「この程度のことはやっておかないと、なんかダサい」
こういった危機感や、ある種の恥の感覚、最低限のラインを保つ意識が、
一定以上の知性を養う土壌になっているケースが多いです。
ある意味では、これまでに述べた読書習慣化のためのメソッドよりも
重要な内容かもしれません。
「何が美しくて何が醜いか、何がセンスがあって何が野暮ったいのか」
こういったある種の「高い低いを判定するものさし」が強固に、なおかつ明確に共有されている家庭ほど、各人の自発性、モチベーションが高い傾向にあると私は考えています。
それを共有するためにもやはり、
「軽い煽りをもたまに含んだ読書や知識に関する議論」(煽り過ぎは逆効果ですが)
読書を当たり前のものとして子供の意識に根付かせるためには、これが最も重要ではないでしょうか。

 

これまで述べた2つの要素「慣習」「議論」を実行してもなお
子供が読書に向かわないとしたら、それは「そもそも読書に向いていない」のだと思います。
生来から読書の方向には向いていないとして、
他のことに意識を割かせるほうが無難ですし、実りがあると思います。
読字障害などが起因して、本を読むことそれ自体に強いストレスを覚える方もいます。
そういったストレスを抱えてまで読書をやるべきかと問われると、
必ずしもそうではないと私は考えます。
読書はあくまで手段の一つです。
学びを得るための代替手段は他にも存在します。

 

当たり前のことですが、子供ごとに異なる性質をよく見定めた上で
どのような教育手段を施すかが最も重要であると考えます。
何が最適か、は子供ごとに異なりますが、
ただ一つ断言できるのは、


「無理にやらせてみたところで長続きしないし自発性も宿らない」

 

です。
「言われた分だけやってればいいんでしょ。はい、終わり」
これが多くの子供が到達する大方の相場かと思います。

この場合の学習効果は、ゼロではないにしても著しく低いです。
やはり、最も重要かつ有効な状態は、
「慣習化していて、当たり前のものになっている」
状態です。
自発性とは慣習化の裏付けあってのものです。
強制的に、子供の慣習や適性を無視して、多少の無理を伴って課題をこすりつけても
「仕方ないから言われた分だけやる」
で終わります。
読書でも勉強でも、子供に自発性を持ってほしいのなら、
自発的にやれと叱責するよりも前に慣習化に取り掛かったほうがよほど現実的です。
慣習のないところに自発性は存在しません。

 

これまで述べたことを一文にまとめると
「子供にやれと言う前に親がまず慣習として読書を当たり前に行い、
 なおかつそれに関する議論も家庭内の慣習として定着させる」
です。
始めはぎこちなくてもいいと思います。
多少無理矢理な空気があったとしても、話のふり方が雑だとしても、
継続していればその家庭なりの空気になじんだものに変形していくかと思います。
取り掛かる時期は早ければ早いほうがいいでしょう。
「当たり前」を刷り込むには、子供の意識が成熟しないうちの刷り込みのほうが効果的だからです。
個人の意識が出来上がったあとでも、14,5歳までならまだ習慣化は可能かと思います。
(そもそも高校生以降の子供に「読書習慣を持ってほしい」と親が思うケースはあまりないように
 思いますが)

 

本記事が、各家庭の読書のススメの一助になれば幸いです。
(そもそも、現代日本においては民族としての読書習慣が文化として
 当たり前のものになっていません。
 ユダヤ人のごとく「ユダヤ人は本を読むのが当たり前。質問しまくるのが当たり前」
 といった民族的空気が共有されていれば、
 わざわざ家庭ごとに教育する必要も手間もなくて済むのですが。
 ある種、読書習慣の有無は、家庭ごとの問題というよりは、社会単位の問題であると言えます)

 

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数学カルテpart2:中学数学「三角形の角度問題がわかりません」

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今回は、数学カルテです。
それでは診断と処方を記していきます。

当塾では、塾生からLINEで随時質問を受け付けており、以下のような質問がありました。

三角形角度問題

三角形角度問題

今回の質問内容は、中学生の三角形の角度問題についてです。
基礎的な内容ですし、コツはすぐにつかめるので点をとりやすい領域です。

youtu.be

画像から抜粋しますが、


「三角形の角度問題がわかりません」
という内容でしたが、
結論としての回答は、
「わかっている情報は全て書き込んでいくと、意外と見えるものがある」
です。

 

これもまたよくある例というか、あまりにも典型的な例なのですが、
「この問題がよくわかりません」
と言う学生は、ほとんどの場合、書き込みが足りません。
計算した結果を図に書き込んだり、ある程度一か所に固めて並べること、
情報の整理整頓ができていないことが多いです。
裏を返すと、それさえできれば一気にできるようになります。
この角度問題から得られる教訓・技法は、
「角度問題はこうやって計算するんだよ」


という具体論以上に
「自分の頭の中だけに情報をしまい込んでないで紙の上に出力して目に見えるようにしろ」
です。
頭の中だけで情報をいじっていると見えづらいものも、
紙に書きだして具体化してみると案外すぐに見えてしまうものです。
これは勉強に限らず、企業で働く際も同じことです。
ブレインストーミングで何でも書き出して並べてみると
糸口が見えたりすることは意外と多いです。

数学は特に、特徴の薄い記号を操作する教科ですので、
頭の中だけでそういった操作をしていると
「今自分が何をしているのか」
がこんがらがりやすくなります。
ゆえに、頭の中でぐるぐる記号や数字を回していないで、
紙の上に具体的な形にしてみることが功を奏します。
数学は、形にしてください。
書き出して、書き込んで勉強してください。
頭の中で曖昧な、よくわからないふにゃふにゃした状態でやり続けると
一向に苦手意識が解除されません。

 

話を今回の問題に戻しますと、


「判明した角度は一つ残らず全て書き込んでいく」
これが重要です。
一つ一つの角度をつぶしていけば、必ず答えにたどり着きます。
お気楽に、一つ一つやりつぶしていってください。

 

まとめです。
症状:三角形の角度問題が解けません
処方:一つ一つの角度を計算して、全て角度を書き込んでいくといずれ正解が

   見えてくる。情報は書き込んで記録して見えやすくするのが超大事。

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